ナイツさんのやってる『ナイツのちゃきちゃき大放送』ってラジオ番組で,金田一秀穂氏が「こだわり」って言葉を「バカにしてる」って断じてましたね。
「食器にこだわる」っていう店は,曰く,「味にまったく自信がない」ってことを意味するそうです。味がダメだから,食器に「こだわる」と。本筋とは違った些細なことに尽力するのが本来の「こだわる」で,これ,まったくもって,いい意味の言葉ではありません。ですんで,「あなたのこだわりは?」って訊かれたら,存分に「ダメダメなお前は,どこでフォローしようとしてんだ?」って意味に解釈すべきなんですね。誉めてません。バカにしてます。
が,ここは筆者も同意なんですけど,今どきはほとんどが,そういう本来の意味ではなくて,「凝ってるところは?」って解釈して「あげる」べきだ,っていうんですね。「バカにしてんだろ」って内心は思っても,「コイツはこういう風に解釈してんだろうな」っていう,いわば「忖度」をして,怒りを堪える,と。金田一氏はそう語ってました。
よくいうと,「郷に入っては郷に従え」みたいなことでしょうか。
で,先日のWBA135戦では,Jorge Linaresの腹打ちが少なかったでしょ。Linaresといえば「腹打ち」っていうイメージすらあるのに,ほとんどそれが見られませんでした。それは,相手がサウスポーだったから,です。
あの『WOWOWエキサイトマッチ』で解説をしてる元ボクサーは3人ともがサウスポーですけど,サウスポーっていうのは,強い腹打ちを食い難いんですね。Linares戦でのLuke Campbellみたいに,どんなに右構えが腹打ちを得意にしてても,サウスポーに対しては,その武器を出し難いんです。
ですんで,浜田剛史氏がしばしば「腹打ちで倒れるのは根性なし」発言をしますけど,自身が強い腹打ちを食った経験は,ほとんどないと思います。だから,あんな勘違い発言をするんでしょう。だって,強い腹打ちを食ったら,1発で悶絶しますもん。何なら気絶しちゃうこともある顔面へのパンチに対して,強烈な腹打ちは強烈に苦しみますから,こっちのほうが残酷なKO劇が繰り広げられます。こっちのほうが,「より残忍」です。
とにかく,我慢できないほどの痛みに襲われます。これにプラス,呼吸困難になることすらあります。異常なほどに痛くて,息も吸えないんですから,そりゃ,立ってられるはずがありません。腹を押さえて,悶絶して倒れます。「痛ぇ~!」と思って腹を押さえて,大きめに息を吸おうとしたら,息が吸えない。それこそ,「うゎ,死ぬ」とさえ思って苦悶します。
これが普通のリアクションですんで,決して「根性なし」ではありません。腹打ちを「ジワジワ効く」っていってるほうが,無知です。バカすぎます。
では,サウスポーに対して腹打ちが難しいのはなぜか,っていうことですけど,これは腹の急所の位置によるんですね。
最も有名な腹の急所は中央にある「みぞおち(鳩尾)」ですけど,なんで有名なのかわかんないくらい,ここは効きません。よほど強打されないと,倒れません。倒れるほどの痛みや苦しみに襲われません。ですんで,鳩尾を叩かれて倒れたら,それこそ「根性なし」っていっちゃってもいいかもしれません。
鳩尾と違って最も効くのが,肝臓なんですね。位置でいうと,右側。肋骨の下のほうから,肋骨と腰骨の間の,わりと軟らかいところに位置する,非常にデカい臓器です。普通に構えると右腕と右ヒジで覆われるところにあります。ここが効くんですね。哀しいほどに効きます。ホント,悶絶します。
一方,逆側,腹の左側にあるのは脾臓なんですけど,こちらは「ほぼまったく」効きません。が,例外がありました。かつてRoy JonesがVirgil Hillと闘ったとき,右の腹打ち1発でHillを悶絶させちゃったことがありました。
このときすでにHillは世界王者ではありませんでしたけど,トップ選手だったことは確かでした。そのHillを右の腹打ち1発で,それこそ泣かせちゃったんですね。いじめっ子でした。実はJones,腹打ち1発で,Hillのアバラを折っちゃってたんですね。そりゃ痛かったでしょう。
でも,これは例外です。通常,右の腹打ちは,ほとんど効きません。
話を肝臓に戻しましょう。
肝臓は腹の右側に位置してますから,ここを強打するには,左フックか左アッパーを打つことになります。Linaresとか井上尚弥選手が多用するのが,ここを打つ左の腹打ちなんですね。肝臓がわりとデカいんで,アッパーで辰吉丈一郎選手みたいに突き刺しても,LinaresとかSaúl Álvarezとかみたいにフックで狙っても,どっちでも打てます。ですんで筆者は,「左の腹打ち」っていうのを必須にはしてても,アッパーかフックか,までは限定しないんですね。
あ,アッパーとフックは,軌道ではなくて打ち方自体が違いますから,西岡利晃選手がいうように「アッパーとフックの間」っていうのは存在しません。西岡選手は単純に軌道の話をしてるんでしょうけど,違うのは軌道ではありませんから,この解説は異常なほどにトンチンカン。その西岡選手,アッパー打ててませんでしたが,アッパーっていうパンチを知らないんでしょう。名王者だったとはいっても,そんなもんです。無知が過ぎても,世界は穫れるようです。
さて,サウスポーですけど,右足や体の右側を前にして構えるサウスポーは,肝臓が近づきます。あ,非常に稀に,内臓まで左右反対の人が存在するそうですが,それはまた例外ね。肝臓は腹の右側に位置してることを前提にしてます。
近くにあるせいで,十分な腕のスイング幅がとれませんから,強い左の腹打ちを打ち難くなるんですね。打つのが不可能とはいいませんが,強くは打ち難いんです。ですんで,サウスポー相手には強い左の腹打ちが打てないことになります。Linaresがそうだったように(解説は無知すぎてノー・タッチでしたけどね。あの解説は,何かの役に立ってるんでしょうか?)。
位置が近すぎる,ってのとはちょっと別に,角度が難しい,ってのがあります。右構えが相手だと,左の腹打ちが相手の腹に対して直角に当てやすいんですね。文字で図示すると右構えは「\(バックスラッシュ)」みたいなもんですから,ここに左パンチは当てやすいんです。ところがサウスポーだと「/(スラッシュ)」ですから,左の腹打ちを当て難い角度になるんですね。
近いは,角度は悪いは,で,サウスポーに左の腹打ちをやるのが「当たんのかなぁ…?」って思えてきちゃいます。その結果,出す頻度も下がります。
でも,非常に距離があるときは話は別で,距離が十分にあれば「近すぎる」ってことがなくなりますから,Omar Narvárez相手の井上選手みたいに,強烈な左の腹打ちを打ち込めるんですね。まぁ,おそらくは井上選手はショートができないんで,離れてのスピード合戦が奏効した例だと思われます。
ということで,鳩尾はほぼまったく効かない,効くのは肝臓「のみ」と憶えてください。そして,肝臓は「ジワジワ」どころではない,と。それでも「ジワジワ」っていっちゃってる解説者は,バカだ,と。
いや,実害がなきゃいいんですけど,あったんですね。
かなり昔の話ですが,若い選手(か練習生)に,訊かれたんです。「腹打ちで効いちゃうんですけど,ボクって根性なしなんでしょうか?」って。いってやりましたよ,「『根性なし』説が間違いなんであって,効くのが当然。だから打つんだよ」ってね。
「根性なし」説をとってて,どうやって腹打ちを指導するんでしょうか? 「ジワジワ効く」っていうだけのものを「序盤から打っていけ」っていい難くありませんかねぇ? 「『ジワジワ』以前に倒されちゃったら?」って訊かれたら,どうすんでしょうか? 「ジワジワ」ではありませんからね。ホントは。
いやいや,「ジワジワ」は,まったくのウソ,ってことは,ないんです。ただ,体力を奪っていくのは腹打ちに限らないんです。
腹に限らず,人間は打撃を食う瞬間に,息を止めたり吐いたりします。「フンッ」ってします。これは,腹でも顔でも,そうなんですね。
ボクシングのラウンドは3分で,他の競技に比べると異常なほどに短いように思われますが,実際には,異常なほどに長く感じられます。というのも,自分のペースで呼吸ができないから,なんですね。
例えば相手が打ってきたとき,もし防御が間に合わなくとも,瞬間的に息を止めたり吐いたりする対処をして耐えようとします。初回が特に疲れる,っていうのは,このためです。相手のタイミングがわかんないんで,息を止めたり吐いたりする頻度が高くなるんですね。
馴れてくると,このタイミングも読めてきます。浜田氏が「パンチに馴れる」ってな発言をしますが,これが,息を止めたり吐いたりするタイミングがわかってくる,ってことで,パンチなんて,食えば食っただけ肉体的なダメージはあるんですけど,耐えるタイミングがわかってくるんで「馴れる」ケースがあるんです。ほら,アニキ,言葉ぁ足らないでしょ。
あとジョー小泉氏が「追うほうが疲れない」みたいなことをいいますけど,これも同様で,追われて「いつ打たれるかわかんない」状態だと,息止めのタイミングや頻度が上がりますから,その分だけ疲れるんですね。精神的な余裕がどうこう,って問題ではなくて,呼吸が乱されるんです。
サッカーはボクシングの1ラウンドよりも長い時間でやってますけど,サッカーは,ボールから遠いところにいれば深呼吸さえできちゃいます。でも,ボクシングのラウンド進行中には,よほどのことがなければ深呼吸はできませんから,疲れます。
が,問題があります。こうした腹の急所についての理解度が,異常なまでに低いんですね。まぁ,解説者もバカなことばっかりいってますから,視聴者が誤った教育を受けるのも仕方がないんですけど,選手や視聴者だけでなく,指導者層も,わかってない人が非常に多いんです。
これは日本のボクシング界に限ったことではなく,タイのタイ式においても,いえちゃったりします。
タイ式(蹴りありの,しばしば「ムエタイ」ってよばれる競技ね)では,右利きなのに左構えにする選手がたくさんいます。それは,右構えに対して正面を捕らえることができる左の蹴りを出しやすいからなんですけど,腹の一番の急所が左足で蹴る肝臓である,ってことを,知らない選手,関係者が多いんです。
サッカー・ボールを蹴るときのことを思い起こしてください。右足でボールを蹴るときには,左足を球の左横にステップして,振りかぶった右足で蹴るでしょ。同様に,人を蹴るときにも,軸になる足を前にする必要があります。
つまり,右構えが左足で蹴るには,一旦,右足を前にしないといけないんですね。この動作を入れる必要があります。
ただし例外として,古典的なアメリカの競技では,この動作(右足を前に出すこと)をせずに左足で「チョン」と蹴ることがありました。さらには,「ダブル・キック」っていって,この「チョン」を左ヒザのバネだけで2連発する技術があったんですね。なぜかテレビ実況のアナウンサーが「ダブル・キック!」って大興奮で叫んじゃってたりもしたんですけど,そもそも軸足を前にしてないんで,大して強い蹴りは出せません。
右構えの左の蹴りには,そんな面倒な動作を挟む必要があるんですけど,サウスポーになっちゃえば,この動作なしに左で強く蹴れますから,タイ式にはサウスポーの選手が多くなります。元はといえば,こうして軸足直しなしに強く左で蹴れるようにするためなのに,それがなぜなのか知らない関係者が多いのが実情。
それだけ,体の正面を蹴ること,また,腹の一番の急所が肝臓であること,が,理解されてない,ってことです。訊くと,「憧れの選手がサウスポーだったから」とか,「幼い頃にコーチにそう教わった」とかいう理由が多いんですね。
そんなタイ式では,「前蹴り」っていう蹴りで,チョンと鳩尾の辺りを押します。が,これ「蹴り」って名前こそついてるものの,ダメージを与える気はゼロで,単に押さえるだけにすぎません。ですんで,前に位置する足(右構えなら左足)でチョンと突くだけです。そのため,稀に「前押さえ」っていわれることさえあります(こちらのほうが適切かも)。
あ,以前にも書いたことですけど,上述のように左構えは強い腹打ちを食い難いんで,腹打ちが効いちゃった右構えは,しばしば左構えになります。経験的に,「サウスポーになれば腹はわりと安全」って知ってるんでしょう。そのくらい,サウスポーは腹を強打されません。だからこそ,頭の気の毒なサウスポーの解説者が「根性なし」呼ばわりしちゃうんですね。気の毒すぎます。腹打ちについて,知らなすぎます。
と,まぁ,無知すぎる解説者が多すぎますよねぇ。強い腹打ちは,1発で終わります。「ジワジワ」は,「たわごと」です。
結論としては,ボクシング解説者のほとんどが無知で,肝臓は異常なくらいに効く,ってことですね。