サウスポーに対する得手不得手

WOWOWエキサイトマッチ』で,2人のサウスポー選手が出てました。1人目のTerry Flanaganは左利き,2人目のVasyl Lomachenkoは右利き,といったように,実際の利き腕は異なるものの,ともに左構え(右手,右足を前にして構えるスタイル)をとってました。

利き腕と構えは同じではありません。有名なところでは,ODLH(Óscar De La Hoya)が左利きの右構えでしたね。そのせいか,右がチョップ気味になって押す傾向がありました。そういえば,そのODLHとも闘ったGenaro Hernándezも左利きの右構えで,ODLH同様の悪癖がありましたね。

「奥の手」っていう言葉があって,右利きが右手を前にして構える日本の言葉ですから,その「奥の手」は左手を指すようです。英語でもしも,同様の言葉があれば右手になるんじゃないでしょうか。わかりませんけどね。

で,解説をしてたジョー小泉氏がFlanaganを指して「左が手打ちになりがちですね」みたいなことをいってましたけど,Lomachenkoは絶賛。ん? Lomachenkoの左のほうが遥かに手打ちだったでしょうに。これまでも思い出話に強く依存してきた小泉氏,ついに「試合を見ずに解説する」,っていう暴挙に出ちゃったんでしょうか? それくらいに的外れな解説でした。

その小泉氏でしたか,放送で「まるでMatadorのようでした」って,これまた勘違い発言をしちゃってましたね。

Matador(マタドール)ってのは,闘牛士のことですけど,実は闘牛ってのは役割性らしく,「Matador」っていうのは最後にトドメを指す人のこと「しか」指さないようです。訳すと「殺し屋」みたいな感じでしょうか。そこには「華麗さ」は少しもありません。

かつての世界王者であるRicardo Mayorgaのアダ名が「Matador」でしたけど,あの選手にわずかにでも「華麗さ」が感じられましたか? でも,アダ名は「Matador」。これで正しいんですね。だって,「Matador」には華麗さの意味合いはまったくないんですから。

序盤に牛を弱らせるのは,「Banderillero」っていうようです。で,次に「Picador」って人が馬に乗って牛を弱らせます。最後が「Matador」で,弱った牛を殺すわけです。

ですから,日本的に華麗な闘牛士をイメージするんであれば,「Banderillero(バンデリイェーロ)」っていう必要がありますね。

と思って,「Banderillero」を探したんですが,見つかりませんでした。「Matador」は何人も見つかりますけど,「Banderillero」はゼロ。でも,もし今後,「Banderillero」っていうアダ名の選手が出てきたら,それは華麗な闘牛士を意味します。あ,くどいようですが「Matador」は「殺し屋」ね。この語は決して「華麗な闘牛士」を意味しません。

話を戻しましょう。

利き腕を見るには,試合前後のポーズを見る必要があります。今回のFlanaganとLomachenkoでいうと,試合前のポーズを,それぞれ左と右でとってました。また,Lomachenkoは十字を右手で切ってましたから,右利き確定でしたね。

野球の坂本勇人選手は,箸をもったりする手は左なのに,野球は右投げ右打ちなんですね。何かの番組で御飯のシーンを見たとき,確かに左手で食べてました(あ,素手じゃありませんよ)。でも,グローブを左手に着けて右手で投げますし,バッター・ボックスも右に入ります。

というように,構えと利き腕は必ずしも一致しません。気になる方は,試合前後,あるいは,ラウンド間の仕草を見ておきましょう。

そういえば以前,飯田覚士氏が左に動くことを「左回り」って間違ってる,って書きましたけど,好例が浮かびました。「一丁締め」です。

昨今,テレビで「一丁締め」,「一本締め」,「三本締め」の違いが紹介されることがありますね。そんな感じで,そんな番組を見た人たちにしてみれば,「一本締め」っていうのが「ちゃんちゃんちゃん・ちゃんちゃんちゃん・ちゃんちゃんちゃん・ちゃん」を1回やるヤツ,「三本締め」はこれを3回やるヤツ,で,1回だけ「ちゃん」ってやるのは「一丁締め」って紹介されたことを知ってると思われます。

ではここで問題。

上司が,「じゃ,ここら辺でキミ,『一本締め』で締めてくれ」って頼まれたとします。どうしますか? たぶん難問でしょ。悩むでしょ。

周りの社員はクスクス笑ってます。下を向いちゃってます。きっと,「一本締め」の正しい意味を,テレビで見て知ってるんでしょう。

難しいのは,この上司が「一本締め」をどう解釈してるか,です。

もし昨今のテレビなんかで「一本締め」を見てたら,「よー,ちゃん!」ではないことを知ってるはず。でも,見てなかったら古典的に「よー,ちゃん!」と信じきっちゃってることでしょう。苦悩しますよねぇ…。

仕方なしに,正しい意味の「一本締め」をやりましょう。すると,上司に怒られました。みんなの前で怒鳴られました。「それは『三本締め』だろ!」って。

周りの社員たちは大笑い。だって,間違ってんのは,その上司ですもんね。お前が「一本締め」を勘違いしてんだろ,ってのに,みんなの前で怒鳴りつけられちゃいました。

左に動くことを「左回り」って勘違いしてる会長やトレーナーに対して,選手はこんな悩みをもつことでしょう。「どっちのつもりなんだよ?」って。わかりませんもん。

会長やトレーナーは選手にしてみると「上司」ですから,「お前が間違ってんだろ」なんていえるはずもなく…。怒鳴られるくらいならまだしも,それでもし倒されちゃったら,どうしたらいいんですかねぇ…?

ね,難問でしょ? こういう問題が起こり得るんです。無知すぎる会長やトレーナーがいると。どっちかわかんなくなっちゃいますし,指示に従ったら従ったで,酷い目に遭っちゃったりしますし。まさに踏んだり蹴ったりでしょう。

サウスポーっていえば,レスリングの吉田沙保里選手は右利きなのに,レスリングは左で組みますね。去年のオリンピックでは負けてしまいましたが,たいていの選手は右利きの選手を相手に練習して,右利きの選手を想定して訓練を積みます。

なのに,吉田選手は左なんですね。

通常,右利きの選手は右足を前にして構えます。で,例えば一本背負いなんてのは,右手で投げます。が,吉田選手は逆。右利きを想定して練習してきてる選手にしてみれば,逆を突かれることになります。

いや,もちろん,吉田選手の強さがあってのことですけどね。並の左の選手だったら,あんなに大成してないはずですから。でも,左で,かつ,「高速タックル」なんてことをやられちゃうと,それを食う相手にしてみたら,「逆だし,速いし…」ってことになって,そう思う間もないうちに負けちゃうことになります。

あれ? 何の話でしたっけ?

あ,サウスポーの話でしたね。

そもそも筆者は,サウスポー相手に左に回る(くどいようですけど,これは「右回り」です)のに反対派なんですけど,それは次回に回しましょう。

ちなみに,FlanaganもLomachenkoも,左に動いてましたよね。ほら,「和式」とは逆でしょ。

そんなサウスポーに大苦戦した(さらには連敗した)選手というと辰吉丈一郎選手が思い出されますが,見た感じで,「こりゃサウスポー苦手だな」って感じがしました。そのポイントは,上体の「のめり具合」です。

サウスポーも右構えも,顔の位置は変わんないんですけど,サウスポーと対すると,遠く感じるんですね。

サウスポーは左への上体の動きを多用します。それは,右構えの右クロスから離れる方向です。

すると,右構えからすると,いつも以上に遠く感じます。ただでさえ足の位置が違って違和感があるのに,いつも以上に遠く感じるせいで,サウスポーを相手にする右構えは,「突っ込んでいく」傾向が強くなっちゃうんですね。

「右クロスを打つ」→「左への上体の動きで外される」→「遠く感じる」っていうのの悪循環で,右を打てば打つほど,遠く感じることになります。そして,のめっていっちゃうんです。前傾が強くなっていきます。

サウスポーのDaniel Zaragozaに遊ばれた辰吉選手を憶えてる方は,思い出してください。上記の悪循環に,見事なまでに陥ってたはずです。

一方,サウスポーはそうして遠く感じることに馴れてますから,深めの左クロスを打つことができます。また,右構えがサウスポーの左クロスを右への上体の動きで外すことに馴れてないこともあって,慌てて上体を折ると,右構えは左前に上体を倒しちゃって,サウスポーに容易に左腕を引っ掛けられちゃうことになります。

自分の右クロスは遠くて当たんないのに,相手の左クロスは外しても腕を引っ掛けられちゃう。遠く感じるのに,相手には組まれちゃう。これを繰り返すと,どんどん前のめりになっていくんですね。

Zaragozaとやったときの辰吉選手が,まさに絵に描いたようにこのパターンでズルズルと行きました。あれは「馴れてなさすぎ」でした。サウスポー相手にズルズル,の,典型例でした。

そういう意味では,教科書にすべき試合でしたね。もちろん,悪い教科書ですけど。

まぁ,そのくらいにサウスポー対策が「少しも」できてなかったにも関わらず,サウスポーのZaragozaと連戦できた,っていうのは,選手の人気とプロモーションのカネがあってのことだったはず。だって,もし筆者があのサイドにいたら,あれだけサウスポーを苦手にしてる選手に,再戦はさせませんもん。少なからず危険な競技だってのに,あれは…,問題ですよ。

ということで,サウスポーを相手に前にのめっちゃってる右構えを見たら,「おいおい,それじゃスパーも難しかっただろ」って思ってください。そんなレベルです。