あれが意図的なのか,単純に無知ゆえの間違いなのかは不明なんですけど,『WOWOWエキサイトマッチ』にて,致命的すぎる間違いがあります。それが,判定の第一基準としているものです。
第一基準として,「有効なクリーン・ヒット」ってのを提示してますね。ここまではいいんです。が,これを「相手に与えたダメージで判断する」みたいにいっちゃってますけど,これが明らかな間違い。
どこで見たのか失念しましたが,これは,パンチの質と量で推し量るものであって,相手に与えたダメージは「まったく」考慮しません。
考えてみてください。
異常なまでに頑丈な選手と,気の毒なほどに打たれ脆い選手,というのがいます。つまり,同じパンチでもダメージは違うんですね。
解説者はほとんどが指導者経験がある人たちですから,人によって打たれ強さに差異があることくらい,わかるでしょうに? そんなこともわかんないんでしょうか?
例示しましょう。
古い選手ですが,Julio Césae Chávezという選手がいました。もし対戦相手だったら,自分を信じることができなくなるくらいに,当てても効いた様子をまったく見せない選手でした。
このChávezに,「ガツン」って音がするくらいに「強く見える」パンチを当てたとしましょう。
効いたようには見えません。でも,それは確かに「強く見える」パンチでした。
一方,これまた古い選手になりますけど,Félix Trinidadっていう,見てて気の毒に思えるくらいに打たれ脆い選手がいました。
その選手に,「軽く見える」左フックが当たったとしましょう。
Trinidadは効いた様子は見せなかったものの,見てて「もしかしたら効いたかも?」って思っちゃったとします。
この2つのケースを,「相手に与えたダメージ」っていう誤った観点で見たら,たぶん後者のパンチを高評価することでしょう。
でも,正しくは,パンチを判断しますから,前者のほうが高く評価されるべきです。強く見えたんですから。ダメージは,食った選手によりますもん。
もちろん,食って,効いた様子を見せちゃったらダメですよ。明らかにグラついちゃったりしたら,これはダメです。
でも,見た感じにはどちらも効いた感じではなかったとしたら,ダメージの大小ではなく,パンチ自体を見なければいけません。
かつ,そのパンチ自体は,悪くいうと「ハタから見た印象」でしか,ないんですね。
試合後に,「あのパンチは効いてました」みたいにいうこともありますし,「あれは全然,効いてませんでした」みたいにコメントすることもあります。その真偽とは無関係に,「ジャッジが見て」強いパンチだったか否か,が,判断されます。
1992年4月10日のことです。当時18戦全勝(16KO)無敗だった鬼塚勝也選手と,同じく当時39戦37勝(21KO)2敗だったタイの選手が闘って,鬼塚選手が判定で勝った試合が盛んに「疑惑の判定」っていわれたものです。
でも,アジアの軽量級の選手なんて,採点員たちも初見だったと考えられます(「なんて」です)。
とはいっても,試合前に戦績くらいは見ます。すると,ほぼすべてKOで勝ってる日本人選手と,半分ちょいしかKOで勝ってないタイ人とでは,ほぼすべてKOで勝ってる選手のパンチを「強いはず」と思うのが自然でしょ?
すると,同じように見えるパンチが当たった場合に,「この選手のパンチが当たったんだから…」ってことで,ほぼすべてをKOで勝ってる選手のパンチを高く評価するのは,わりと自然なことです。つまり,同じように見えるパンチが当たった場合には,鬼塚選手のほうが高く評価されちゃうんですね。
鬼塚選手のそれまでの試合を見馴れてた関東のファンは,「あ,いつものキレが感じられない」って思ったかもしれませんし,鬼塚選手のそれまでの試合を見たことのなかった関西とかのファンは「評判ほどではないぞ」って感じたかもしれません。
でも,戦績上,それまでのほぼすべての試合をKOで勝ってきてる鬼塚選手のパンチは「強いはず」なんですね。
ちょっと極論すると,鬼塚選手の1発に対して,タイ人の5発で「トントン」だったと考えていいかもしれません。
すると,疑惑ではなくなるでしょ。だって,鬼塚選手のパンチは「強いに違いない」んですから。
ダメージは無関係です。評価するのは,「見た目の」パンチの強さです。
ということで,『WOWOWエキサイトマッチ』の「相手に与えたダメージで評価する」ってのは,インチキ。ちょっとは判定基準をお勉強しろよ,っていうレベルの間違いです。大間違い。
あ,これらを踏まえて,もし世界に挑もうとする選手のマネジメントをするとしたら,異常なくらいに打たれ脆い選手を相手に,KOの山を築いたほうがいい,ってことになりますね。だって,例えば16戦全勝(全KO)の選手と,29戦26勝(5KO)3敗の選手が闘ったら,前者の選手のパンチを高く評価するのが自然ですもん。
よほどメジャーで騒ぎになってる選手でもない限り,世界戦以外の軽量級の選手の試合は,採点者も見てません。それは,「余計な予備知識を得ない」という意味では有効かもしれませんけど,他方で,「戦績でマインド・コントロールが可能」っていう意味にもなり得ます。
あ,一応,補足。
鬼塚選手の18戦の相手がみんな「異常なほどに打たれ脆かった」とはいいませんからね。関東のファンだったら,中島俊一選手との2戦とか,後の日本王者・北澤鈴春選手を悶絶させた試合を知ってるはずですから。